乳と蜜

柔らか巡礼

鵺の泣く夜に

 伯母がいた。留学先から帰国した翌日に、伯母が既に亡くなっていることを母親は私に告げた。誰も悪くはない、誰も責めることはしない。喪失から立ち直りつつある家族の輪から外れた場所に、5年前からずっと立ち尽くしている。

 

 低気圧に頭骨を締めつけられて眠れない。だからそのままの状態を文字にして友人へと送信する。春めく湿地帯みたくぽこぽこと生まれてゆくメッセージは浮き沈みを繰り返し、画面は色づきを増した。

 

 伯母の世界は8畳。生家以外の場所で彼女に会うときは、決まって市民病院の消毒液が目に染みるベッドの上。彼女が自身の曲がった背骨と極端に痩せ細った手足を、どう感じていたのかは知らない。心臓が悪かったこと以外、何が彼女を苦しめていたのか私は知らない。

 

 こっそりと覗いた携帯に弟妹の連絡先しか登録されていないのを見たとき、12歳の私にもそれが何を意味するのか理解できた。中学生の頃の友人は疎遠になり、今は千葉にいるのだといつかに話していた彼女の横顔が思い出せない。

 

 伯母の葬式に友人だった人は来たのか。そもそも伯母が亡くなったことを彼女は知っているのか。伯母はあの柱時計の音が厭に響く家で48年間何を考えていたのか。

 

 答えはどこかにあるのかもしれない、けれど誰にも尋ねてこなかった思いは夜になると正体のわからない悲しみと不安に姿を変える。暗闇で泣いている鵺は私だった。