乳と蜜

柔らか巡礼

私たちはどこからやって来てどこへ行った?

 並ぶ色とりどりの眼鏡たち、それらのレンズに反射をする曇りなく白い蛍光灯の明かり。私はゆっくり手を伸ばす。レンズとフレームの境界が溶ける白い眼鏡は、飴細工に似ていた。

 

 221日と10時間後の私は1通のメッセージを開く。

 

 「プロフィールのあなたはとっても知的ですね」

 

 独りで越えるにはあまりに長すぎる夜を、もう何度繰り返してきたのかを指で折るのに疲れた真昼間に、マッチングアプリをインストールした。左スワイプはイマイチ、右に振りかぶればイイかも。そこでは人の数十年の営みが、親指の戯れで否定され続けてゆく。

 

 掛けていた眼鏡から知的だと評された私は、何時間でもフェミニズムと神学の話はできても、好きな人にスマートに声を掛ける方法を知らない。掛けていた眼鏡から知的だと評された私は、何十とあるSNSのパスワードはメモしていなくても、実家の住所を空んじられない。掛けていた眼鏡から知的だと評された私は、ミルフィーユカツは作れても、玉ねぎのみじん切りはできない。

 

 眼鏡は映画字幕を追う時に眉間に寄るシワを取り去るけれど、私に知性を与えはしない。小さな画面越しにこちらを覗く彼らが、22年間の生で私が得た知性に辿り着く前に消えてゆく。

 

 「メッセージありがとう。あなたが小さい頃の話をして。無力を感じたのはいつ?心から笑ったギャグ漫画は?北アイルランド問題について何を思う?」

 

 新着メッセージを知らせる通知音はまだ鳴らない。