乳と蜜

柔らか巡礼

建国日記

 映画館での労働初日にして、私はそれほど映画が好きではないことに気がつく。新しくスタッフとなる人たちが次々と支配人をカルトの教祖みたく讃え、人生を変えた作品について言葉より先に熱を帯びた体験を舌先に滑らせながら語るのを眺めながら、ずっと家に帰りたかった。午前3時の狭くて暗いバーの、石油ストーブの暖かさがじんわり背中をなぞる一等席で、映画はチャーリーとチョコレート工場を息子と観たのが最後だと笑う彼が愛おしい。映画の話は日を跨いだ仄暗い部屋の隅で、好きな人とだけしていたい。

 

 どうして採用されたのだろうと答えの出ない考えの中で帰りしな、人に買ってもらった煙草を燻らせる。コインランドリーでうねりの中にいる黒い服たちを見ていたら、憎悪と陰鬱の塊のようで嫌になり全てを売り払った。真っ白い服に袖を通し、中指は何本あっても足りはしない。諦念とメメントモリと自尊心が混ざり合い、嫌な人たちに出会ってもみんな最後は骨になると笑っている。長らく投薬をしていた伯母の骨は珊瑚みたいに柔らかくて美しかったけれど、彼らの骨は何色だろう。わかりあえない人たちに心の中で鉈を振りあげる、空気を求めるガスガス汚い骨が隙間から覗いていた。

 

 禁煙はできていない、TOEFLの勉強も進んでいない、人と一緒に働きたくない、日がな本を読んで音楽に合わせて身体を揺らしたい、誰かの光になれるバーを開きたい。

 

 自堕落で低俗で強欲、だけれどスクワットは毎日続けていているからきっと大丈夫。