乳と蜜

柔らか巡礼

ドーナツ穴には虚学を詰めて

 駅前のベローチェTOEFLの勉強に煙草を燻らせながら励んでいると、隣に座ってきたのが昔に逃げ出したバイト先の社員だった。ロッカーキーを投げつけて駆けたことを思い出し、頭痛動悸吐き気。顎をこの22年間でいっとう突き出し別人を装いつつ煙草が短くなるのを待つ、頭痛動悸吐き気。銀魂から得た知識を実践できたことに感動し啜るコーヒーはいつもより冷たく濃くて、頭痛動悸吐き気。

 

 渡英を控えた友人と"エシカル"で"サスティナビリティ"に溢れたカフェで、地産地消にこだわったドーナツ片手に午後を過ごす。対面型のキッチンで作業をしているスタッフから降り注ぐ優しい眼差しを浴び、彼との主な議題は「いかに林遣都が美しいか」の一点のみ。お互いの性生活を懺悔してみたり、日本のフェミニズムの矛盾を問うてみたり、こじらせたクィアでナードな少年少女だったのも今は昔。ゲートボールに興じる好好爺よろしく、林遣都が私たちにもたらした安寧を報告しあう。お互いが外つ国で修士論文を執筆している頃に、彼が大河ドラマの主演に抜擢されてしまうのではないかと仄暗い焦燥を感じて泣きそうに。林遣都が彼の道を邁進してゆくのならば、私たちもそれぞれの分野を極めましょうと固く誓い別れる。

 

 林遣都出エジプトを題材とした映画に出演しないかしらと頭の隅で夢を膨らませ、1世紀パレスティナにおける父権制に関する論文を読んで眠りについた。猫たちの交尾する声が聞こえている外は初雪。